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定例 : これを見逃すな!
これからツアーに入るバンドや来日するアーティスト
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出どころは違えど、向かうところはひとつ……自分自身を持って世間を生き、人と触れあっていると頻繁にそんなことを思う。
沖縄の喜納昌吉は三線をとり「すべての武器を楽器に」との思いを歌っている。かつて沖縄の裏社会を生きていた彼にとって、武器を見ることは珍しくなかったはずだ。かたや、犬式(a.k.a. Dogggystyle)は、東京というややこしい世界で正直に生きようとして、矛盾とぶつかった。言うべきことが生まれ、それを伝える手段として音楽を選んだ。
ヴォーカルである三宅洋平とジョー・ストラマーの不思議な縁(それは嵐の第一回天神山フジロックにて、遭難中に助けを求めて入ったテントにジョーがいたという信じられないエピソード)を知って「なるほど」と思わずにはいられなかった。当人のブログは、ストリートから政治はもちろんのこと、親バカな様子などなど、様々な視点が入りこんで、僕も楽しみながら、そして考えながら読ませてもらっている。
犬式は音楽という土俵の上で、親友も家族も平和も、さらにはありとあらゆる文化までもが渾然一体となった激しさと優しさを表現している。たぎるグルーヴはもちろんのこと、言葉の強さといったら半端なもんじゃない。が、その勢いに流され、すべてを鵜呑みにしてはいけないとも思う。日本で生きる身としては同じだが、今まで経験した事柄全てが同じとは限らない。フジロッカーズが時代や境遇を飛び越えたジョーだったり、現在もなお闘いを挑み続けているキヨシローの生きかたに尊敬の念を抱くのは、いったんは自分の中で反芻し、出た結論と照らし合わせてのことだろう。同じ感覚で、がっつりと詰め込まれた怒濤のリリックに最終的には頷き、共感しているのだ。
根っこには、常に人との出会いと楽しみを追い求める旅人的感覚によるところが大きい。犬式の数々のアルバムをいま一度聞き直してみても、パンクにレゲエにファンクにダブにメタルまでもが顔を出し……ジャンル分けがバカバカしくなる。そしてライヴでは、圧倒的な密度で迫って狂乱の渦を生み出す。ここでは馴染み深いフジに限定するが、ルーキー・ア・ゴーゴー('03)での大幅時間オーバーに、舞台そでのスタッフ(けっこう上層部の人)までもがオーディエンスの制止に走らざるを得なかったジプシー・アヴァロン('05)……そのどれもが伝説となっている。
しかしながら今回の『nbsa+×÷』は、彼らだけのものではなく、友人と協力しながらいっさいがっさいのメッセージを共有し踊り騒ぐ場である。というのも、核となるのが感覚のままに遊ぶ果てのないセッションであり、バンドの転換時であってもステージでは何かしらが行なわれ、ありとあらゆる垣根を飛び越える。尊敬しあえる者同士のスクラムがイベントのラスト「一大ジャムセッション」を生み、よりいっそう強い光を放つのだ。
nbsa(National Band-School Associates)とは枠組みを超えた、共感の上に成り立つクロスオーヴァーを指し、仲間で集まって(+)そこで生まれる力(×)を個人の生きる力とする(÷)といったところか。発案者とは多少ズレているかもしれないが、それでもいいと思っている。ズレがなきゃ議論も生まれないし、新しい発見もない。わからなかったら聞けばいいのだ。吉祥寺のイベントでチラッと三宅氏と話したことがあるが、気さくに答えてくれたもんね。
要は。
俺らはおまえと予想もつかないバカ騒ぎがしたいんだぞ、と。
そこで大いにはしゃいで、ややこしいことを考えるのは後からでもいいんだぞ、と。
それでもって、何も思わないでのうのうと暮らせるなんてウソだね、とも。
俺たちは、自信をもってやってるから!
参加者の気ままなブログなどからは、そんな言葉が自然と聞こえてくるのだ。
彼らはオーディエンスを「お客さん」ではなく「同志」と呼ぶ。今週末の日曜日に起こる伝説に、同志として参加してほしいと強く思うのだ。
written by taiki
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