佐藤俊樹

"不平等社会日本"
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佐藤俊樹
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日本の現状に感心のある人には是非読んでほしい本である。今の日本は「努力すれば何とかなる」のか、生まれでメリットを享受できる階級が存在しないのか?確かに、今の日本では親が医者とか大学教授とか政治家とか官僚とか大企業の社長だと子供も親と同じ職業につくケースがよく見受けられる。その実態はどうなのか。
この本は10年くらい前の「お嬢様ブーム」を話の切り口に、日本に階級が存在し、その閉鎖性(親がいわゆるエリートでない階級の出身の子供はなかなか高い地位や多くの収入を得る機会が少ないこと)が戦前より強まっていることをSSM調査(社会階層と社会移動全国調査)を基に統計学の手法を駆使して明らかにしてゆく。
著者はいわゆる中流幻想は70年代から80年代前半まではおおよそ実体としてあったけれども、80年代後半からエリート階級(この本ではいわゆる「エリート階級」に相当する階層に「ホワイトカラー雇用上層」という言葉を使っている)の親と子の継承性が強まっているいること、学歴による選抜システムが階級の閉鎖性を見えにくくさせていること、父親がエリート階級でない人が、頑張って企業や官公庁の専門職・管理職になったとしても(いわゆる叩き上げ)、父親が元々専門職・管理職になっている人のほうが収入も多く、高い地位についている、などの事実を指摘している。その結果「エリート階級」の自覚がなく、ヨーロッパのように「ノブレス・オブリージュ(高貴な義務:偉い地位の人ほど公衆のために働かなくてはいけないという考え方。)」を持たない「エリート階級」が責任感がないまま、例えば、一連の金融不祥事のようなことを起こす。また、一方「エリート階級」に属さない人たちは、今の日本を努力する気になれない社会だとして、無力感から学校や企業の現場を荒廃させる。
SSM調査の調査法や著者の分析法には、もしかしたら専門家からの批判があるかもしれない。しかし、著者には現状・実感・統計結果の3者を一つの本としてまとめ上げようとする強い意志を感じる。それは不平等社会になってしまった日本の行き詰まりを打開しようとする熱意から来るのだろう。文章は鋭く、キレがあって、かつユーモアもあり思わずうなづいてしまうフレーズによく出会う。
著者は、このような行き詰まりを打破するための課題として、「A:ブルーカラー系専門職とホワイトカラー系専門職の融合」「B:管理職キャリアの再編」「C:選抜機会の多元化」「D:世代を超えた不公平の緩和」を挙げている。Aはホワイトカラーの専門職を作り、あとは外部委託や派遣社員に業務を任せるしくみ作りが必要と指摘。さらに「カリスマ美容師」のように本来ブルーカラー系の美容師という職業を新たに捉えなおし、伝統的なブルーカラー系の職業の可能性を開いたと評価される。Bは会社のことしか知らず、視野が狭いゆえに本来管理職には不向きな「会社人間」が管理職になるために、先例を踏襲するだけで自らの意思で決定を下せない人の弊害を和らげるために、会社を一時期離れる機会を作る必要があるとする。Cは「学校に行かなくても成功する」ルートを作り、必ずしも有名大学を出なくても社会でリベンジする機会を持つことが出来れば、学校に行く意味もはっきりする。Dは失業保険、公的年金、優遇税制などの福祉国家的な政策に言及しているが、どうもこの部分を著者は及び腰気味に扱っているので消化不良なのは否めない。実際、税制や年金や保険制度は破綻しつつあるのではっきりと政策的に挙げることは難しいのかもしれない。
こういうことを書いてもなかなかピンと来ない人も多いかもしれない。特に大都市の有名大学に通っている人はこのような事態が起こっていること、このような事態が日本の社会の活力を失わせ、希望を持てない国になってしまうという危機感を肌で感じられない人もいるだろう。社会人の人なら良く分かることだろう。就職活動の時の学歴差別や「エリートコース」と「叩き上げ」の違い、「エリート」の持つ家、車、子供の通う学校、着る服、音楽の趣味などなど・・・自分の周りをよく見回してみれば、決して自分と関わりのない話ではないというか、ほとんどの人に今後切実な問題となっていくだろう。
さて、ここからが問題である。ロックを聴く我々はこのような事態に対してどうすればいいのか。まずは欧米の(特にイギリスということになるけど)ワーキングクラスとの共通性を考えてみよう。鈴木あかね著『現代ロックの基礎知識』の階級の章を紐解くと、イギリスの労働者階級は以下のように書かれている。ちょっと長くなるが引用する。
「出世の道はサッカー選手かロック・ミュージシャンだけ」といわれるように、ロックの重要な供給地、それが労働者階級だ。イギリスのバンドの8割はここに属すと思って間違いない。(中略)新聞は王室ネタか「私は宇宙人の子を生んだ!」といった見出しが嬉しいタブロイド大衆紙(だけ)を愛読。6時に仕事から帰ると居間でテレビを見ながら夕食を食べ、その後、パブでビール、あるいはテレビ漬け、土曜にサッカー観戦、というのが基本的な生活パターン。(中略)この人たちにとってもっとも大切なのは「連れあい、地元のダチ、よき家庭」。狭い長屋暮らしの伝統から、今でも連帯意識が強く、年中つるんでいる。(中略)また、排他的で、と同時に仲間から離れて1人違う行動をとることをよろしく思わない。(中略)自分たちのコミュニティの中ではかなり保守的な性向を持つ。変化を嫌い、外国のものには関心を示さない。いわゆる進歩的な思想には興味がなく(中略)、教育水準は壊滅的に低く、ほとんどが16歳で学校を出て働き始めるか、ぶらぶらし始める。これは学費が出せないのではなく、「お上による教育」をはなっから信用していないのと、肉体労働礼賛のため。どうせ身体が資本なんだし、ちょっと成績が良くても所詮は事務職どまり(後略)。
基本的にライフスタイルが違うとはいえ、今の日本で当てはまるもの、今後あてはまりそうなものを見つけることが出来るだろう。タブロイド大衆紙はスポーツ新聞を思わせるし、「年中つるんでいる」のはチーマーや暴走族だし、「外国のものに関心を示さない」って、ここのページを見る人は違うけど、現在、洋楽を聴く人は10代や20代で完全に少数派になっているし(でしょ?学校のクラスや普通の職場なんかで、洋楽の話題が出来る友人が3人以上いる人は教えて欲しいくらいだ)、教育不信は日本でも「学級崩壊」という形で表れつつある。
そうするとイギリスのミュージシャンがどのようにして階級社会と向き合っているか、大いに学ぶところがある。そして、海外のミュージシャンをより身近に感じられるだろうし、彼らの「問題」を自分の「問題」として考えることが出来るようになるかもしれない。確かに社会的な文脈を外して音楽のみを楽しむことも可能ではあるけれども、それだと洋楽が単なる「余裕のある人の高級/高尚な趣味」の一つにしかならなくなる。
また「A:ブルーカラー系専門職とホワイトカラー系専門職の融合」「B:管理職キャリアの再編」「C:選抜機会の多元化」を自分の身近なこととして捉えてみよう。例えばBなんかは大学のMBA取得コースやボランティア活動なんかを想像しがちだけれど、フジロックなんかもそういう体験のひとつ考えても良いかも知れない。単にロックコンサートを観るのではなく、自分の出来る立場からフジロックを支えることが出来るかもしれない。そのことによって視野を広げられるかもしれない。AやCは「ミュージシャンとして成功する」ということが、必ずしも学校に行かなくても成功する途であることは以前からあるのだけど、これからはメガヒットを目指さないようなタイプのミュージシャンでも食っていけるように表現活動・方法の多元化も必要になってくるだろう。
そして「D:世代を超えた不公平の緩和」であるけれども、先にも書いたとおり国の保険や年金システムが崩壊しつつあるので国による調整は期待できない。では、どこに期待すべきか?ヒントは村上龍の『希望の国エクソダス』にあったので次はこの本について書きたいと思う。
reviewed by nob.
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