|
90年代に入ろうとしていたリヴァプールに一風変わったバンドが生まれていた。まるで時代の流れを無視するかのように、あるいは逆行するように、録音は全てモノラル。アルバムからたたき出される音も「新しい」のではなく、「古い」。といっても、それは過去の焼き直しではなく、ロックが最もロック的だった時代のエッセンスをぎゅっと凝縮したかのようなサウンドで、どこかで全盛期(まだブライアンがいた頃ね)のストーンズを思わせていた。それがザ・ステアーズ。数枚のシングルと"Mexican R 'n' B"というアルバムを1枚発表しただけで姿を消すことになってしまったのだが、あまりにユニークな存在であったがために、このバンドが伝説的な存在となってしまったといういきさつがある。すでにこのアルバムは入手困難でシングルあたりは異様な高値を呼ぶほどのコレクターズ・アイテムと化してしまった。
当時、エドガー・サマータイム (Edger Summertyme)と名乗っていたのが、リーダーであり、リード・ヴォーカル、そして、実に、ザ・ステアーズそのものだったエドガー・ジョーンズだった。その彼がまるで亡霊のように蘇って発表したのが今回のアルバム、"スージング・ミュージック・フォー・ストレイ・キャッツ"だ。おそらく、タイトルを訳せば、「野良猫を手なずける音楽」ということにでもなるんだろうが、ザ・ステアーズがとんがりまくったロックだとしたら、こちらもまた、とんがりまくったジャズ... なのかしらん。なにせ、初っぱなから、ジャズなのだ。といっても、当然ながら、ストレート・アヘッドとはほど遠く、屈折しまくっている。
アルバムはインストで幕を開けるのだが、2曲目で聞こえてくるエドガーのヴォーカルを耳にして真っ先に想起したのはトム・ウェイツ。なにやら、アサイラム後期からアイランドへと移行した頃の"ソードフィッシュトロンボーンズ"や"レイン・ドッグス"あたりのニュアンスを感じさせる。といっても、一方で、もう少し前、"スモール・チェインジ"や"ハート・アタック・アンド・ヴェイン"にも通じるかなぁ。
かといって、5曲目なんてまるでドクター・ジョンのような声を聞かせながら、奇妙な芸当を見せてくれるのだ。グレン・ミラーの名曲「ムーン・ライト・セレナーデ」のメロディを拝借したようなへたくそなギターがループされているような音にのって、もの悲しい声で歌われるのは、なんとチャールス・ミンガスの詩。様式的にはラップに似ているんだろうけど、あくまで歌であり、その感覚がユニークだ。と思ったら、今度はジャズ・コーラス風のスイングするタッチの曲で、ルイ・アームストロングを思わせてみたり、クラシックなR&Bタッチの曲から、ふにゃふにゃのクンビア風に変態ファンク風まで、雑多な音楽の要素がアナーキーに混ざり合っている。このアナーキーな感覚をキャプテン・ビーフハートの"Trout Mask Replica"あたりに比較した人もいたが、あたらずとも遠からず。あのあたりの「とてつもなく自由な発想を持った音楽」を好む人にとって、これはひさびさの大ヒットになるんじゃないだろうかと思う。もちろん、コマーシャルな意味で言えば、それは絶対にありえないと断言できるほどにとんがっているんだが。
面白いことにこれをiTuneでiPodに入れようとすると、「ジャズ」というジャンルに分けられているんだけど、そりゃぁ、違うぞ。確かにジャズ・タッチがあるし、そう聞こえる部分は否定しないけど、猥雑でざらついたR&Bやドゥーワップにブルースの要素もぎんぎんで、くせ者だねえ、これは。ただ、はっきり言えるのは、比較対照するためにいろんな名前を出したけど、このユニークさは誰にも一致しないということかしら。
ちなみにこの国内盤は紙ジャケット仕様でインディからの発売。その国内盤にはライヴ録音されたトラックが5曲分収録されている。それを聞くと... そそられるねぇ。見たい!
reviewed by hanasan
|
|
|