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このレコードが作られたきっかけは、ハリケーン「カトリーナ」だったという。そこで見た、差別や偏見がレコーディングのモチベーションになったのだと彼女は語る。昨年、ニール・ヤングがリリースした"リビング・ウィズ・ザ・ワー"。「反戦」という明確なコンセプトを力強く鳴らすニールの歌声は、強く身を引き締める思いを抱かせた。思う所は色々とあるのだが、一番強く感じたのは音楽が社会に投げかけるものが、まだたくさんあるんだという事実。それは音楽の力であり、行き着く所は自分達の力にもなるんだということ。この、メイヴィス・ステイプルズの"ネヴァー・ターン・バック"もそんな力が見事に溢れた傑作だ。
カトリーナがニューオリンズに残した爪痕は飲み水も食料もないスタジアムに押し込められた黒人達を映し出し、彼等の居住区が放置されるのを目の当たりにさせたという。今も根強く残る人種に対する偏見に50〜60年代の公民権運動を重ね合わせた彼女は、このレコードにその当時、集会や行進の場で歌われた曲をレコーディングすることを選び取った。2曲のオリジナル曲を除けば、人々が希望を込めて歌ってきたものばかりが取り上げられている。当時、ファミリー・ゴスペル・グループのザ・ステイプル・シンガーズに在籍し、公民権運動にもコミットしていた彼女のバックグラウンド思えば、今この時に当時の歌をあえて歌うという決意には断固たるもの感じる。
トラディッショナルな楽曲ではあるが、黴臭さは一切なし。プロデューサーに名を連ねるライ・クーダーのスリリングな音作りは、決して懐古的ではなく新たな視点を加えることを忘れてはいない。表情豊かで遊び心も持ったギターのリフとコーラス・ワークが、激しく聞く側の想像力を刺激する。そんなバンドと絡む彼女の歌声は、太く、強く、何より強靭な意思を持って迫ってくる。さあ、前を向こう。変えなきゃいけないことはまだまだたくさんあるんだと。特に、彼女がこれまでの半生を綴ったオリジナルの2曲には感無量。これまで、歌に、歌うことに、どれだけの希望が託されてきたのか、そんな事実が激しく浮かび上がり、未来に託す思いが心を打つ。
昔に比べて今は一体何がどれぐらいマシになったのか。今だって民衆に銃が突きつけられている場面がテレビの画面に映し出されているじゃないか。それでも、いやだからこそ、このレコードは力強く歌っている。
メイヴィス・ステイプルズ、御年67才。過去にすがることない歌声に胸を突かれる思いだ。音楽が世界を変えるなんてことは世迷い言だと笑われそうだ。思うことと、出来ることのギャップだってみんなが抱えているものだろう。そんな事実があったとしても、次は君達の番なのだと強く背中を押された気がする。そう、自分達に一体何が出来るのだろうか。そんな次を激しく考えさせる快作。心の底まで鳴り響く力強い歌声を、今聞けることにただ感謝。
reviewed by sakamoto
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