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ブルー・ノート / プレスティッジ RVGリマスターで往く時空旅行
去年の年の瀬、アマゾンのバーゲンでウェイン・ショーターの『スピーク・ノー・イーヴル』が680円だったので、迷わず購入した。いわゆる「新主流派」と称される、60年代のショーターとハンコックが絡んだものはどれも好盤だし、その二人に加えてフレディ・ハバート(tp)とロン・カーター(b)と、のちのV.S.O.Pクインテットの盟友が参加、ドラムは当時コルトレーンのカルテットにいたエルヴィン・ジョーンズ。ハード・バップとモードが折衷されたような演奏に、アヴァンギャルドで独特の浮遊感をもつショーターのテナーが、クールで熱いハバートのトランペットが、火花のようなエルヴィンのハットが、やけに前に出てくる。高音域が気持ちよく「抜ける」のだ。精緻なカーターと小気味よいハンコックのリズムは奥の下の方でグッと引き締まって聞こえる…それまでに聴いたジャズのリマスターCDの印象を覆すほどの、実にヴィヴィッドで「生々しい」音像と立体感だった。
CDのケースの端には『The Rudy Van Gelder Edition』と記されている。ルディ・ヴァン・ゲルダー、当時レコーディングしたエンジニア本人がリマスターしているのだ。一聴すると高音域にピークがあって音が硬く感じるのだが、例えば東芝EMI(現EMIジャパン)から出ていた『1500シリーズ』等の他のリマスターものは、帯域的にもっとフラットで、ステレオ的な左右の広がりこそあれ、モノラル的な前後の奥行きに乏しくて、ジャズが音楽として本来持っているはずのダイナミズムに欠けるものがほとんどだった。早い話が、「薄っぺらい」音なのだ。ブルー・ノートの『The Rudy Van Gelder Edition』は1998年から、プレスティッジのRudy Van Gelder Remastersは2005年から年間数タイトルづつがリリースされ、プレスティッジ盤は現在40タイトル、すべて数えられなかったのだが、ブルー・ノート盤はその倍近いタイトルがリリースされていると思う。
それらのなかには、ファンキー・ジャズの代名詞ともいえるアート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズ『モーニン』や、マイルスのミュートが冴え渡るキャノンボール・アダレイ『サムシン・エルス』、ビ・バップへのアンチテーゼ的実験だったマイルス・デイヴィス『バース・オブ・ザ・クール(クールの誕生)』、そのクールからハード・バップへと戻ったマイルス・デイヴィス(第一期黄金)クインテットのいわゆるマラソン・セッション四部作、ジョン・コルトレーンのリーダー作としては唯一のブルー・ノート盤『ブルー・トレイン』など、「超」のつく名盤が目白押しなのだが、なかでもソニー・ロリンズ『サキソフォン・コロッサス』の既存のCDとの違いは、もっとも劇的だ。
ジャズやロックのCDをレコードと比べると、どうしても「音圧感」に圧倒的な差がある。低音の豊かさ、中音がグッと前に張り出してくる感じ、高音の抜け…やっぱり違うのだ。だからジャズのリマスターCDには手を出してこなかったのだが、遅ればせながらこれにはハマってしまった。ある程度ヴォリュームを出さないと音圧は再現されないとはいえ、それでもオリジナルのアナログ盤に近い音が鳴っていると思う。それでいて、なおかつクリアなのだから。過去のインタヴューでヴァン・ゲルダーが「もっとも印象に残ったセッション」として、ハンク・モブレーの『ソウル・ステーション』を挙げているが、くつろいだ雰囲気と心底楽しげな演奏、なんともいえない温かな空気感…およそ50年前の演奏が、時空の隔たりを超えて今目の前で繰り広げられているかのような、「生々しさ」と「瑞々しさ」に満ちている。
現在も現役のエンジニアであるヴァン・ゲルダーだから、ハード・バップからモード、ジャズ・ファンクと70年代に至るまで、手がけたアルバムはそのほとんどが好盤ばかり。モードなら、アンサンブルが計算し尽くされて楽曲の完成度が高く、美しいハンコックの一連のアルバムや、ウネウネとうねるテナーにコール・ポーター「夜も昼も」のモード的解釈が新鮮なジョー・ヘンダーソン『インナー・アージ』、ハンコックが参加し「処女航海」を再演したボビー・ハッチャーソン『ハプニングス』など。ジャズ・ファンクなら、なんといっても金字塔ルー・ドナルドソンの『アリゲイター・ブーガルー』、当時ポップ・チャートでもヒットしたリー・モーガン 『ザ・サイドワインダー』、ロニー・スミス『シンク!』などクラブ定番曲がずらり。ユニークなところでは、晩年のコルトレーンの神秘主義的思想に影響を与えたユセフ・ラティーフの『イースタン・サウンズ』、盲目のマルチ・リード奏者ローランド・カークの『カークス・ワーク』など。
そうそう、レーベルはインパルス!だが、ジョン・コルトレーンの到達点だった『ア・ラヴ・スプリーム(至上の愛)』も、永らく紛失していたマスター・テープがロンドンで発見され、2003年にヴァン・ゲルダー自身の手でリマスターされたものが発売されている。レコーディング時は、ふだんとなにも変わらなかったが、ルディがスタジオの照明を落として暗くしたという逸話が残っている。コルトレーンの、というよりジャズ史上のひとつの到達点でもあるアルバムなだけに、デラックス・エディションやスーパーオーディオ(SACD)など様々な仕様のCDがリリースされているが、ジャケットの表にも裏にもヴァン・ゲルダーがリマスターしたことを示す記載はない(なかを開けてスリーヴ内にクレジットされている)ので、見分ける際のポイントは2003年リリースのUS盤で、表ジャケットのタイトルの下にインパルス!の小さな丸いロゴが書かれていない、ものだ。
「セッションのことはよく憶えている。ミュージシャンたちがどんな音を望んだか、それからテープを聴いたときの彼らの反応も。今は、私が彼らのメッセンジャーなんだと、強くそう思うんだ」
プレスティッジ盤の裏面に記されているヴァン・ゲルダー自身の言葉だ。今までジャズに興味はあっても、実際に聴くといまいちピンとこなかった人や、なんとなく敷居が高そうなイメージで敬遠していたという人には、とくにお薦めしたい。「これがジャズなんだ!」と思えるシリーズだ。
RVG Edition
Rudy Van Gelder Remasters
reviewed by ken
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