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『ワンダーラスト』(原題『Filth and Wisdom』)は、あのマドンナの初監督映画だ。何事も初めてとりかかるときは、実体験と、先人の演出を参考にして組み上げるものだ。いちから創るのであって、まったくのゼロから創ることはできない。そこには必ず元となるものがある。
ただ、監督は初体験と言えどもマドンナだ。ライヴにおいてキリストの張りつけパフォーマンスを行ない、批判を受けたことも記憶に新しい。よく言えば突き抜けた奔放さ、悪く言えばエゴ丸出しの彼女の毒を打ち消すのは、マドンナに太刀打ちできる毒が必要だ。
彼女自身による回想では、ユージン・ハッツを主役にするために(そもそも、ストーリー作成の段階から考えていたという)ストーカーのように追いかけ回した、とある。
ユージン・ハッツ。御存じの方もいるかと思うが、フジ・ロック・フェスティヴァルのスタッフをして「今までの歴史の中でもっともヤバいライヴ」と言わしめたバンドがゴーゴル・ボーデロで、ユージンはそのフロントマンだ。
世界各国を難民として渡り歩いた彼がNYへとたどり着き、ルーツであるロマ音楽とパンクロックとを融合し叫んだ。その政治的、文学的な言葉は、欧米において一目置かれる存在である「詩人」としての地位を勝ち取るほどに洗練されたもの。その強烈な個性は、エンタメ業界のポップ・アイコンであるマドンナですら、ただのファンとしてしまった。言うなればベタ惚れだ。かつて、ランシドを自身のレーベルに誘った時には、ヌード写真を送りつけて口説いたという話だが、今回はどんな動きを見せたのか、僕らにはわかりゃしない。
ユージン演じるAKの言動やスタイルは、ステージで垣間みられる彼そのものだ。バンドもゴーゴル・ボーデロと、そのまんま。が、マドンナはそんな中にも、SMの調教師をしながら音楽での成功を夢見る役を与えた。ユージンという荒馬に過去の自分を投影させ、手の上で転がす(ことができているかは別として)快感を得ていたはずだ。
AKの同居人は、ロイヤル・バレエ団を夢見るも実際はストリッパーのホリーと、アフリカで子供達を救うことを願うも今は薬をくすねることしかできないジュリエットのふたり。バレエとアフリカ……マドンナのファンならピンときたと思うが、これも彼女の分身。レオタード姿のダンスは"ハング・アップ"のPVで見せ、ポールダンスは世界ツアーで披露している。さらにアフリカは自身が立ち上げたマラウィへの学校設立プロジェクトとリンクする。彼女から匂う金っ気以外はすべて、この映画に詰め込まれている。
階下に住む元・作家は、名優リチャード・E・グラント。光を失ったことで筆を折った、唯一完全な諦めが入っている役どころを難なく演じている。目標はあるが光を見いだせない、あるいは光を失ってしまった人たちしか登場しないこの映画は、いかにして立ち直りのきっかけを見つけるか、そこにあると思う。何事もチャレンジすべき、そんなマドンナのエールがある。
彼女自身、スポットライトの外側へと抜け出て、初監督作品を必死に撮りきった。ヌーヴェル・ヴァーグの感覚をチラと匂わせたりと、改めてアンテナの多さには脱帽だ。この作品は、いわゆる名作映画のような、語らずに伝えるというものではない。名作駄作処女作云々なんてものを超えた、ひとつの言葉が用意されている。
「善と悪はコインの表と裏のように背中合わせ」
彼女の自己アピールは、やはり強烈。トップに君臨し続けるには1にも2にもしたたかさが必要なのだ。
reviewed by taiki
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