定例 : これを見逃すな! – ギャズズ・ロッキン・ブルース30周年記念パーティ 2010.03.28

「全てはここから始まった – ギャズズ・ロッキン・ブルーズ」
コラム – 定例 : これを見逃すな! – ギャズズ・ロッキン・ブルース30周年記念パーティ 「全てはここから始まった」 2010.03.28

 3月22日から24日までブルーノートで演奏を繰り広げたジュールズ・ホランド・バンドのメンバーとして来日していたスカの伝説、リコ・ロドリゲスと会えたのは最終日、そして、東京を離れる前日となる24日深夜だった。このとき、彼の口から伝えられたのが、同じくスカの伝説的アーティスト、セドリック・ブルックスやプリンス・バスターが病床にあるという話。ジャマイカ音楽、特にスカが好きな人間にとって、このニュースは実に重い。なんとか彼らが回復することを願う一方で、悲観的な想像をしてしまう自分も否定できないのだ。彼らが高齢だということもあるんだろう、こういったニュースを耳にするに付け、歴史的なアーティストやミュージシャンを体験できる機会がどんどん少なくなっている事実に直面せざるを得ない。だからこそ、そういったチャンスを絶対に見逃して欲しくないと思うのだ。

 といっても、そういった巨人達の音楽を知らなかったら、そんな気持ちも起こらないし、その方が遙かに一般的なんだろう。なにせ、彼らがメディアで大きくフィーチャーされることもなければ、そういった音楽に接する機会もないのだ。おそらく、その傾向は他の国でもそれほど変わらないんだろうが、その役割を担ってきたのがクラブ文化ではなかったろうか。なかでもスカやレゲエ、あるいは、R&Bやブルース、ロカビリーに関して、最も大きな影響力を持つことになったのがギャズ・メイオールが主催するギャズズ・ロッキン・ブルーズ。今から30年ほど前にロンドンで生まれたちっぽけなクラブだった。

 その前振りはギャズが70年代にケンジントン・マーケットの一角でオープンしていた古着屋で、そのときに流していたのがコレクターズもののスカ。びしびしノイズの入った45回転の7インチを聴きながら、ここでヴィンテージものの古着を買っていったのがザ・スペシャルズマッドネスの連中だったという。それが理由なんだろう、デビュー当時の彼らのアルバムに収録されたほとんどがクラシック・スカのカバーやそれにベースをいたもの。それがスカのリヴァイヴァルにつながっていったのはいうまでもない。

 それからしばらくの後にクラブを始めたのがギャズ。

「昔はだなあ、サム・クックの『トゥイスティン・ザ・ナイト・アウェイ』じゃないけど、みんな週に一度はどっかでパーッと派手に踊って遊んでたんだ」

 と、そんな気持ちが理由だったらしい。当初、会場となったのはソーホーのど真ん中、ディーン・ストリートにあったゴシップスという店で、現在はウォードー・ストリートのサンモリッツに場所を移して毎週木曜日に開催されている。星の数ほどのクラブが生まれては消えていくロンドンでこれほどまでに長く続いているクラブはここを置いて他には存在しない。おそらく、それほどまでに魅力ある音楽がここで鳴り響いているからなんだろう。そんな噂を聞きつけて数多くのミュージシャンがここに遊びに来ているのもよく知られている。デヴィッド・ボウイやミック・ジャガーなんかも顔を出しているし、かつてモータウンからアルバムを発表していたR&B好きの俳優、ブルース・ウイリスが飛び入りで歌ったという逸話もある。といっても、30年もやっていれば、そんな話は無限にあるようで、珍しくもないんだが、多くのミュージシャンがこのクラブの奥にある猫の額のような小さなステージで演奏をしていることも見逃せないのだ。デビュー前のストレイ・キャッツから前述のリコにプリンス・バスターや今は亡きローレル・エイトキンどなど、今考えれば「あり得ねぇだろ」と思えるようなバンドやアーティストがここで演奏していることに驚かされる。

 日本のミュージシャンでギャズのお世話になった人たちも数え切れない。その筆頭がスカフレイムスで、まだ活動開始からそれほど過ぎていなかった頃に彼らがギャズの招きでイギリスを訪ね、彼のクラブのみらずノッティングヒル・カーニヴァルで演奏。一発録りでレコーディングすることになったのが名作、"Ska Fever(スカ・フィーヴァー)"だった。「日本にとんでもないスカ・バンドが存在する」という噂が世界中に広まることになったのだが、それもギャズのクラブを経由してのこと。当時、スカパラのメンバーも彼を訪ねていて、自宅でばったりを顔を合わせることもあった。

 そのギャズの初来日は86年で、DJとして日本で初めてのクラブ・セッションを開催。このとき、彼がスピンさせていた1枚が伝説のスキャタライツが60年代半ばに録音していた美空ひばりの名曲「リンゴ追分」で、「リンゴ」とガンマンの名前で発表されたこの曲が実は、日本の曲であることを「発見」したというのが面白い。さらに、翌年にはスカのゴッドファーザー、ローレル・エイトキンがポテト5と共に来日して、MCをやったのがギャズ。その前後に彼のバンド、トロージャンズが結成され、その来日を挟んで日本でもスカが盛り上がりを見せるようになっている。その流れのなかで、まだ生きていたジャッキー・ミットーも顔を見せていたスキャタライツの初来日があり、そのときにはプリンス・バスターも来日しているのだ。さらには、スカ・エキスプロージョンズが生まれ、ジャズ・ジャマイカに伴ってローレル・エイトキンからローランド・アルフォンソ、あるいは、リコ・ロドリゲスなども来るようになっていた。今は解散してしまったロスのスカ・グループ、ジャンプ・ウイズ・ジョーイからセレクターなど数え切れないんだが、これも、おそらく、ギャズなくしては生まれなかったイヴェントだと思うのだ。

 その30周年を祝福するということで開催されるのが4/2から始まるアニヴァーサル・パーティだ。今回はギャズとベイビー・ソウルがプレゼンター&DJとしてショーをリードし、演奏するのは伝説のスキャタライツ。すでにご存知だろう、ジャッキー・ミットーも、トミー・マクックも、ローランド・アルフォンソも他界し、既報の通り、病床にいるセドリック・ブルックスの来日が不可能になったとはいえ、オリジナル・ドラマー、ロイド・ニブスにサックス奏者、レスター・スターリングがそこにいるだけでもどこかで、これは「伝説」を体験できる数少ない機会になるはずだ。また、サウンド・ディメンションもスタジオ・ワンのハウス・バンドとして時代を作った伝説。残念なことに、ストレンジャー&パッツィの後者がやはり体調が悪くて来日できないというニュースが飛び込んできているんだが、逆に、だからこそ、このまれな機会に「歴史」を目に焼き付けておきたいと思うのだ。


ギャズズ・ロッキン・ブルース30周年記念

4月2日(金) 名古屋クラブクアトロ
4月3日(土) 心斎橋クラブクアトロ
4月4日(日) 新木場スタジオコースト

詳細はこちらでご確認ください。

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Text:
Koichi "hanasan" Hanafusa
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