朝霧ジャム イッツ・ア・ビューティフル・デイ2014 @ 朝霧アリーナ 2014.10.11–12

総論 人を繋ぎ、思い出を繋ぎ、フェスティバルは続く
特集 – 「人を繋ぎ、思い出を繋ぎ、フェスティバルは続く」 @ 朝霧アリーナ 2014.10.11−12

 「雨が降っていない」。普段の生活の中では気にとめることも無い、たったそれだけのことを、こんなにもありがたく感じた二日間はなかった。今年の朝霧ジャムは、開催の数日前から波乱含みだった。巨大な台風19号が、まさに朝霧JAM開催の連休にかけて接近するという、最悪の予報が出ていたからだ。本番前の木曜日まで、中止にするべきか、運営陣は非常に頭を悩ませたという。おそらく自分を含めた多くの人が、天気予報を日に何度も確認しては気を揉んでいたのではないだろうか。私の脳裏によぎっていたのは、ひどい大雨だった2010年の朝霧ジャムの光景だ。土砂降りの雨の中ずぶ濡れでテントを張り、あまりの寒さにずっと凍えて過ごした辛い思い出が、私の最後の朝霧ジャムの記憶だった。久しぶりの参加なのに、またあんなことになるのか…。正直気が重かった。

 しかし、結果から言うと、朝霧ジャム開催中の二日間、雨はただの一滴も降らなかった(オーバーナイトの夜から降り始めたそう)。お天気の神様は、全てのお客さんと運営スタッフの願いを見事に聞き入れてくれたのだ。一日目は、快晴ではないものの気持ち良く晴れて、午前中から半袖でもいいくらいの陽気だった。野外フェスで雨が降るのは仕方ない、それも含めて楽しむのが野外フェスなのだと思ってはいるものの、晴天の朝霧ジャムに長く焦がれてきた身としては、この好天は本当に嬉しかった。

朝霧ジャム イッツ・ア・ビューティフル・デイ2014 喜びをかみしめつつ芝生で寝転んでいると、隣のテントの子どもたちがシャボン玉で遊び始めた。楽しそうなその様子を眺めながら、ふと「フェス自体の開催が決定しても、天気予報が「土日どちらも強い風雨」なんかだったら、ここのお父さんお母さんは参加をとりやめてたのかもしれないなぁ」なんてことを思った。雨が降り続く野外フェスは、大人だって辛い。まして小さな子どもを連れて二日間を過ごすのは相当大変だろう。実際、台風が迫っていることには違いなく、参加を見送ったお客さんもいたと思う。笑顔でシャボン玉を吹いているこの子達も、少し状況が違っていたらこの場にはいなかったかもしれない。それは会場中の全てのお客さんにも言えることだ。台風に限らず、何かしらの縁や偶然やタイミング、いろいろな要素が絡み合って、私達は今この場所に集い、同じ時間を共にしている。それはなんだか奇跡のようなことに思えた。

朝霧ジャム イッツ・ア・ビューティフル・デイ2014 振り返ってみると、二日間で実にたくさんの家族連れを見たな、と思う。朝霧ジャムが親子キャンパーの多いフェスティバルであるというのはよく言われていることだけれど、4年ぶりに訪れた今年、実際にその多さを目の当たりにして初めて実感がともなった。キャンプサイトの斜面を転がっては笑い、ライブの音に合わせて手を叩いては笑い、とにかく楽しそうな子ども達を見て、この子たちは野外フェスティバルやキャンプの楽しさを心と体でめいっぱい感じとっているんだろうなぁと思った。そして大人になって自分が親になった時、きっと自分の子どもを同じようにフェスティバルに連れてくるのだろう。そうしてフェスティバルは未来へと繋がれていく。大小様々な変化を繰り返しながら、人を繋ぎ、思い出を繋ぎ、連綿と続いていくのだろう。そうであって欲しいし、それを守りたい、と思う。
  
 今回の朝霧ジャムで特に印象に残っているのは、スマッシュの日高さんの紹介で登壇した、朝霧ジャム実行委員長(そしておなじみのラジオ体操おじさん)である秋鹿博さんのスピーチだ。朝霧ジャムをこの場所で開催するためにスタート当初から尽力してきた人である。秋鹿さんはたくさんの観客の前で力強く語った。「幸せになるための秘訣は、今日のこの時間、この日は二度とないということ、ここで出会った人を大切にすることです。人生は出会いです。出会いを大切にする、それが人生の全てです」。

朝霧ジャム イッツ・ア・ビューティフル・デイ2014 その言葉は、後に登場したソイル・アンド・ピンプ・セッションズのライブでアジテーターの社長が言った、「この瞬間、この時間を共に作り上げるぞ!というMCにも繋がっていたし、オーディエンスもそれに見事に応えた。思えば、この朝霧ジャムの会場には、いたるところに出会いがちりばめられている。それは秋鹿さんの言うような人との出会いでもあれば、音楽との出会い、自然がもたらす美しい光景との出会いでもある。どれも、その時その瞬間にしか得られない、一期一会の貴重なものだ。

 私個人の話で言えば、タートル・アイランドの心躍るお祭りサウンド、思い切りテンションを上げてくれた浅草ジンタ、目も耳も奪われた魔法のようなジェフ・ラングのスライド・ギター、クァンティックのとんでもない盛り上がりのパフォーマンスなど、挙げたらきりがないほどたくさんの素晴らしい音楽に出会うことができた。そして今回の取材チームでは、初めて一緒になる先輩達と行動を共にさせてもらったのだけれど、それはこの朝霧でのとても楽しい思い出になったし、この先も長く大事にしたいと思う貴重な出会いだった。

朝霧ジャム イッツ・ア・ビューティフル・デイ2014 嬉しかったことがもう一つ。今回一緒に参加した友人4人のうちのひとりは、キャンプイン・フェスは初めてで、出演アーティストも全く知らないと言う。「大丈夫かな、退屈じゃないかな」と気に掛かっていたのだが、彼女は彼女なりに、初めて聴いたアーティストのライブに感動し、美味しい地元の食べ物を楽しみ、ワークショップに参加し、初めての朝霧ジャムをしっかり満喫していたのだ。それが私にはすごく嬉しかった。誰が何を教えるでなくとも、この場所にいれば、みんな何かしらの喜びを自然に見つけることができるのだ。きっと会場にいたお客さんひとりひとりに、それぞれの出会いや気づきがあっただろう。ここに二日間いて、何も得ないで帰るなんてことはおそらくありえない。「音楽への感動」なり「仲間との思い出」なり「翌日からまた頑張れるエネルギー」なり、何かしらのものを受け取っていると思う。私にとっても、大事な友人、取材チームの先輩達、偶然会場で会えた旧知の知り合い、たくさんの人達とこの場所で幸せな時間を共有できたことは、得難い喜びだった。きっとそのような感動や喜びの積み重ねが「幸せに生きること」に繋っている。

 フェスティバルという場は、何にも縛られることなく自由に、気持ちを解放して過ごすことができる貴重な場所だ。日常生活の中にはなかなかそんな場はないし、自分が大切な人たちとの繋がりのおかげで喜びや幸せを感じながら生きられている、なんてことをあらたまって考えたりもしないだろう。けれどそれは生きていく上でとても大切なエッセンスだ。フェスティバルはいつだって、人間が根源的に求めているもの、大切にすべきものに気づかせてくれる。だから私達は何度もくりかえしフェスティバルに足を運ぶのではないか。そうしてこれまでにフェスティバルから受け取ってきたものを、これから先の未来へと繋いでいく。それがフェスティバルを愛して集まっている私達の、大切な役割だと思うのだ。

Photos:Yutaro Suzuki/Taio Konishi/Shinya Arimoto


–>総論:
アウトロ – 来年、またここで(三浦孝文)
–>総集編フォト・レポート:
皆の笑顔が、台風を吹き飛ばした今年の朝霧(鈴木悠太郎編)
全ての人たちの、それぞれの財産になるように(小西泰央編)
ふもとっぱら、昼の顔と夜の顔(アリモトシンヤ編パート1)
ジャムズから連鎖する笑顔のフェスティバル(アリモトシンヤ編パート2)
人を欲張りにさせる、朝霧JAMの魔力と魅力(宮腰まみこ編)
–>Back to :
イントロ – ん?台風、どこに行っちゃったの?いい感じで始まるよ(花房浩一)

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Text:
Nozomi Yamamoto
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