吉野寿 (イースタンユース / outside yoshino) 「自由っていうのは一番恐ろしいこと。それでも自由な方がいい」

Part 1:自由を選択して、どこまでいけるのかの挑戦
インタビュー:「自由っていうのは一番恐ろしいこと。それでも自由な方がいい」Part 1:自由を選択して、どこまでいけるのかの挑戦 2015.02.28

eastern youth, outside yoshino

 イースタンユースのニュー・アルバム『ボトムオブザワールド』。2月18日の発売日が近づくなか、2月2日に発表されたベーシストの二宮友和の脱退のニュースは、多くのファンを驚かせた。

 同じころ、ギター / ボイス担当の吉野寿はソロ・ツアーを行っていた。1月31日から2月22日まで、名古屋、京都、出雲、岡山、札幌の5カ所を巡る旅。ソロ・ライヴについては、スマッシング・マグでもレポートを掲載したことがある。吉野と、「吉野さんの歌をお客さんに届けたい」という熱意にあふれた主催者が共に作り上げる、小規模であるが貴重な機会。『ボトムオブザワールド』が発売され、バンドの状況が急展開を見せたこの時期に、各地でどのようなライヴが行われたか。こちらのレポートでお伝えしているので、併せてご覧いただきたい。

 ツアー先の岡山で、吉野にソロ活動のこと、『ボトムオブザワールド』のこと、今後の展望などについて話を聞いた。

 



 

Mag: 名古屋、京都、出雲、岡山の公演を終えられて、いかがでしたか。

吉野: 人の情けが骨身に染みましたね。歌をうたって、こんな風に旅を続けられるということは、幸せだと思いますね。手作りでひとつひとつ「はい、場は作ったよ、どうぞ!」って感じでやれる、そんな旅ができるっていうのは、幸せなことだと思います。

Mag: 主催者の方々が手作りしたライヴは、吉野さんのソロのスタイルと合っていると思います。このスタイルは、これからも続けますか。

吉野: 続けたいですね。ソロに関しては変えたくない。バンドだとフットワーク的に重いんですよ。コストもかかるし、動く人数も違うし。ソロは俺ひとりだから。ここで自由にやらないで、どこで自由にやるの?っていう感じ。

Mag: 自分の自由を実現する場としての、ソロですか。

吉野: 自由を選択して、それでどこまでいけるのかの挑戦でもある。なかなか思うようにはいかないけど、やっぱ自由を求めてるし。自由っていうものを、あくまで追求したい。何に関してもそうだけど、ソロは、それを一番強く濃く感じる。

Mag: ソロのライヴで、吉野さんはご自身のソロの曲、バンドの曲と、カヴァー曲の中からランダムに選んで歌われます。バンドの曲は、沢山ある中から、いくつかの曲を選んで演奏されますね。ソロで歌う曲、そうでない曲の感覚の違いはありますか。

吉野: バンドの曲の中からバーっとピックアップして、歌詞カードを作って、コード書いたりしてさ。ソロでは、バンドとはアレンジもキーも変えたりしているんで、1回まとめて歌詞カードを作って、それをずっと使っているんだけど、手が回らないだけで、やろうと思えば今まで作ってきた曲、全曲できるんですよ。

Mag: 全曲聴いてみたいですね。

吉野: 何曲あると思ってるの! メチャクチャ沢山あるから、もう一回聴き直さなきゃならないけど、やろうと思えば、気持ちはすぐ戻る。作った時の気持ちは、それが10代の頃に作った歌だったとしても、ガーン!と弾いたらすぐ戻る。それだけは、自信ある。

Mag: 今回のソロ・ツアーでは、イースタンユースの新しいアルバム、『ボトムオブザワールド』の曲をいくつか演奏されました。あえて発売前のアルバムの曲を演奏したのは、なぜでしょうか。

吉野: 自然にやれるから。曲を作っている過程から、ソロで自然にやれるような感じで曲を作ってきたということですね。バンドでやることは、今までと一緒なんですよ。俺が構成作って、他の楽器に関しては全て任せて、それがだんだんバンドのグルーヴになっていって「バンドの曲」になっていく。曲の原型を作るのは俺の役目なんだけど、今回に関しては、かなりソロで曲作るのと近い感覚で作ったかな。今までは結構リフで持って行って、アレンジ、構成もバンドで作っていくのが多かったんだけど、今回は構成までかなりきっちり作って。バンドでやるうちに変わっていったりはあったけど。あと、ギリギリ、いっぱいいっぱいで作ったっていうのもある。よりパーソナルな感覚が、俺にとっては強いんだと思う。

Mag:『ボトムオブザワールド』の話に移ります。「街の底」では言葉をメロディーに乗せずに、強さ、リズムを打ち出した、ある意味ヒップホップ的な手法を採られています。今までも「静寂が燃える」などで語りが入る曲はありましたが、最初から言葉が切り込んでくる曲は初めてですね。

吉野: 俺、日本のヒップホップは好きなんですよ。そんなに詳しくないけど。川口君(※イースタンユースの数々の映像作品を手がける、川口潤監督)、ヒップホップ詳しいし、教えてもらって聴いたりして。でも、ヒップホップの要素を取り入れたいと思ってやったんじゃなくて、リフから来てるんです。もっとさ、ジェームス・ブラウンみたいな、「ジャンジャンジャン イエー! ゲロッパ!」みたいにならないかなと思ったら、ならなかったわけ。全然ならないし、どうすりゃいいんだと、気持ちばっかり焦って。で、「もうおしまいだ」みたいな気持ちに支配されているわけですよ、ずっと。人も来ねぇし、CDも売れねぇし、要するに用無しなんだなって。「ハイもうおしまい」みたいな。それに関しては「別にいいよ」って思ってはいるんだけど、それでもやっぱり、自分の人生がだんだん狭まってくるような、焦燥感みたいなものがあって。その焦燥感と、「ワーオ! ズッズッタン、ズッズッタン イエー!」みたいなものを、どういう風に煮詰められるかって思ったら、ああいう風になっちゃった。テンパった時って「バーッ」って饒舌になったりするじゃん。「うわっ」となった時に、溜まり溜まったものを一気に吐き出したりすることってありますよね。泣きながら怒る人っていうか。そういうニュアンスを取り入れたかった。だから言葉の詰め加減っていうのを、密にしたかった。で、サビで感情大爆発。「あ、泣いた!」みたいな。ギュッと濃縮して、バーン! って広がる。で、またグッと濃縮するっていうか、そういうイメージがあった。

Mag: 極東最前線に田我流スキルキルスを呼んでいたので、ヒップホップへの傾倒みたいなものがあるのかと勝手に考えましたが、そうではなかったんですね。

吉野: 好きなんですよ。そういう、話芸が。ヒップホップを話芸って言ったらぶん殴られそうだけど、でも話芸だと思う。言葉のグルーヴとリズムのグルーヴを直結させている形態。好きですよ。本当に。あんな長い文章とか覚えられないし、自分でできることだとは思ってないけど。ただ、この曲に関してはヒップホップの手法を取り入れるとかじゃなくて、自分の中にあるものが自然に滲み出た、って感覚です。狙いはない。

Mag: 「ナニクソ節」はずっとソロで演奏されてきて、バンドでも12月の極東最前線で初めて演奏されましたね。

吉野: バンドで「よし、やるぞ」ってなると、かなり何度も練習しないといい感じにはならないんだけど、あれだと簡単な曲だから。しかも、既出の曲で、知ってる人もいるし。いい感じになるんじゃない? って。

 

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