ウォリス・バード (Wallis Bird) 「日本に舞い降りたアイリッシュ・ポップの新星」

Part 1:幼少期の事故から生まれたオリジナル奏法
インタビュー:「日本に舞い降りたアイリッシュ・ポップの新星」Part 1:幼少期の事故から生まれたオリジナル奏法 2015.05.28

Wallis Bird

 2015年5月30日、アイルランド出身のシンガー・ソングライター、ウォリス・バードの初来日公演が、吉祥寺スター・パインズ・カフェで行われた。当サイトで彼女を取材したのは、2009年のサウス・バイ・サウス・ウェスト取材でのこと。圧倒的なパフォーマンスに打ちのめされ、2012年にはプライベートでスイス公演にも足を運んだ。さらに3年後の今年、念願叶った初来日公演では、アメリカ、スイス公演の感動を遥か彼方に置き去りにする程のパフォーマンスを見ることができた。来日直後に行ったインタビューと、公演の様子を織り交ぜながら、ウォリス・バードというミュージシャンを紹介していく。

———————————————————————————–

 ウォリスが生まれたのは、首都ダブリンの南に位置するウェクスフォード州エニスコーシーで、人口は1万人弱という田舎町だ(1981年当時)。幼少期に芝刈り機の刃に手を巻き込まれ、左手の指すべてを切断する事故に遭ったことをきっかけに(小指以外の4本は手術によって回復した)、右利きのギターをサウスポー風に演奏する独自のスタイルが生まれた(ネックを右手で持ち、1弦が下にくる状態)。「正しい弾き方を知らなくても、ギターは触れば音が出るし、反響の音がきれいでしょ。小さい頃は叩いたり、お父さんの時計をボディの中に入れて遊んでいたの。初めて曲を弾いたのは4才の時。見よう見まねで弦をおさえて、ジェームス・ボンドのテーマを弾いたわ」。周囲にはギターの弾き方を指導してくれる大人がおらず、独学でこのスタイルを習得していった。

Wallis Bird 18才で中等教育(日本の高等教育)を終えると、首都ダブリンの音楽学校に進学する。音楽を自分の仕事にすると決めたのはこの時だ。「高校時代の成績があまり良くなくて、心配したお母さんから演劇や美容系の学校にでも行ったらどうかと勧められたの。音楽以外にやりたいことはなかったらそこに決めたんだけど、毎日お酒を飲んでばかりだったわ」と話す通り、勤勉な学生ではなく、好きな道をがむしゃらに邁進していったという方が正しいようだ。

 音楽学校卒業後はダブリンを出て、マンハイム、ロンドン、そして現在の拠点であるベルリンを渡り鳥のように移り住む。「マンハイムに移った時、旅をすることの意味、土地と音楽の関係みたいなものを初めて理解したの。人前で演奏することへの意識に変化があったのもこの時期。歌う以上はメッセージを伝えるべきで、それはポジティブでなくちゃって考えるようになったわ」。アイルランド国外をツアーすることで、自分が何を歌うべきなのかを理解し、アーティストとしての方向性が定まっていく。

 

–>Part 2:「でこぼこ道を進んだ末の現在」
[ 1 | 2 | 3 ]

 

Share on Facebook

Information

Photos:
Yusuke Kitamura
yusuke@smashingmag.com

Yusuke Kitamura's Works

Text:
Takehiro Funabashi
funabashi@smashingmag.com

Takehiro Funabashi's Works

Write a comment