ウォリス・バード (Wallis Bird) 「日本に舞い降りたアイリッシュ・ポップの新星」

Part 2:でこぼこ道を進んだ末の現在
インタビュー:「日本に舞い降りたアイリッシュ・ポップの新星」Part 2:でこぼこ道を進んだ末の現在 2015.05.28

Wallis Bird

 2006年10月、次に移ったロンドンでアイランドUKとワールド・ワイド契約を結ぶのだが、当時まだ25才だったウォリスは、周囲の関係者によって自身の音楽をコントロールされてしまう。「意図的にポップソングを作っていた時期だったわ。いろんな人から意見をもらい、強要され、両手両足を別々の方向に引っ張られている感じだったの」と、過去を振り返る表情は、学生時代の思い出を語るそれと少し違っていた。

 翼をもがれ、自由を失った鳥は再びドイツに戻ることを決意する。移住先は現在も拠点とするベルリンだ。「ベルリンは何に対してもオープンで、実験的な街。『アーキテクト(Architect)』は、ベルリンで流行しているハウスやテクノといったダンスミュージックの影響を受けているの。私の音楽には歌詞が欠かせないけど、ダンスミュージックにはそれが無いのがすごく自由な感じがする。ロンドンではポップソングを強要されていたから、その反動で何でも良いから自分が書きたいと思った曲を書こうと思って作ったアルバムなの」。ウォリスがこう話す通り、『アーキテクト』は過去作の流れから大きく外れた実験的なアルバムになった。

 実際に会って話を聞くまでは、拠点を変え、様々な国でライブをし続けることが、作品を生み出す原動力になっていると思っていたのだが、それは半分正解で、半分不正解だった。「環境を変えることは、たしかに私の欲求と直結しているわ。でも、今は自分がホームだと思えるこの街で、じっくりとアルバム作りに取り組みたいの。だから、次のアルバムのタイトルは『ホーム』になると思う」

 次作のレコーディングにも、長年ウォリスに付き添うサポート・メンバーが参加すると予想される。馴れ合いではなく、ウォリスは「こだわり過ぎてしまう」と自ら反省するほど楽曲の完成イメージを強く持っており、それを理解し、具現化してくれるメンバーに大きな信頼を置いているからだ。紆余曲折した活動を経てたどり着いた街で、信頼できる仲間と作り上げる。そのすべてを表現するタイトルとして『ホーム』という言葉を選んだのではないだろうか。そして、それは現在までの活動に一区切りつける、集大成的な作品になるのではないかと思っている。

 

–>Part 3:「シンガー・ソングライター離れした、破壊的なまでのライブ力」
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Photos:
Yusuke Kitamura
yusuke@smashingmag.com

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Text:
Takehiro Funabashi
funabashi@smashingmag.com

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