イースタンユース @ 川崎市東扇島東公園 ベイキャンプ 2015.09.05

91日後。生きるための最善手
テキスト・レポート「91日後。生きるための最善手」 @ 川崎市東扇島東公園 ベイキャンプ 2015.09.05

eastern youth

 イースタンユースは6月6日に全国ツアーの最終日を迎え、ベーシストの二宮友和の脱退にともない、休養中であった。川崎市東扇島東公園で行われるロック・フェスティバル、ベイキャンプ2015の出演バンドのラインナップに「プロフィールなし正体不明のバンド」(公式サイトより引用)として「街の底」が加わったのは、7月中旬。勘のいいファンなら「何かが起こる」と察したことだろう。2月に発売された最新アルバム『ボトムオブザワールド』の1曲目は、「街の底」なのだから。

eastern youth 9月5日、ベイキャンプ2015のフリー・スロー・DJテント。藤田琢己 a.k.a DJ Shock-Pangが軽快な語り口調とともにアッパーな曲を繰り出すなか、「街の底」のメンバーは機材セッティングのためにステージに現れた。イースタンユースの吉野寿と田森篤哉、新ベーシストの村岡ゆか。ソロ・ミュージシャンとして活動する村岡については、今年2月に吉野と共演した際のレポートを掲載したことがある。イースタンユースと共演したアーティストが参加するコンピレーション・アルバム『極東最前線2』には、村岡が在籍していた手水の「夜を歩く」が収録されており、彼らの交友は長い。

 なにより村岡はこのあいだの全国ツアーも、観客として18公演すべて観に来ていた。彼女が数多のベーシストの中で、イースタンユースのライヴを一番たくさん観ていることは間違いない。「街の底」の正体をつきとめようとステージ前に詰めかけた観客は、村岡を見て「誰だろう」と思った人もいれば、「あっ!」と驚いたり、瞬時に納得した人、様々だろう。誰もがステージに期待の眼差しを向けている。

「はじめまして。我々、みなさんを盛り上げるためには演奏いたしません。生きるために歌います。街の底、からやってまいりました。ドッコイ生キテル、イースタンユース」

eastern youth 定刻の19時45分。吉野が第一声を発し、歓声が沸く。演奏されたのは「街の底」。硬く尖ったギター。あふれだす言葉と叫び。田森のドラムは迫力満点ながら、ペースメーカーとして機能する。一聴して二宮と異なる個性をもつことがわかる、村岡のベース。饒舌なベースラインを丁寧に奏でる姿からは二宮へのリスペクトが感じられ、好感が持てる。吉野の気迫のこもった掛け声とともに、3人が向き合ってアイコンタクトを取り、しっかりと呼吸が合った間奏も聴けた。

 たたみかけるように「沸点36℃」。ギターを振りかざす吉野の姿に、「イースタンユースが帰ってきた」と実感する。研ぎ澄まされた熱演を見せ、終われば大歓声。観客から次々と野太い声が飛び、吉野がツッコミを入れたりする。次に演奏されたのは「細やかな願い」。近年、吉野のソロ・ライヴでは演奏されていたが、バンドで演奏されるのは十数年ぶりではないか。「沸点36℃」の持つドライヴ感にも、「細やかな願い」のたたえる詩情にも、村岡のベースは柔軟に寄り添っていた。きっとこの日を迎えるために、たくさん練習を重ねたことだろう。曲間に「村岡!」と声援を送る男性客もいた。村岡は、はにかみつつ微笑む。

eastern youth 代表曲のひとつである「いずこへ」では、観客から拳があがり、一緒に歌っている人も見える。うねりのあるダイナミックな響きのなか、吉野の「ああ、今日もまた」の絶叫が突き刺さる。吉野が何度かコードを鳴らし、田森がカウントを入れて演奏された最後の曲は、驚きの「たとえば僕が死んだら」。「細やかな願い」と同様、十数年ぶりに演奏された。5曲中3曲が、初期のアルバム『口笛、夜更けに響く』と『孤立無援の花』から選ばれた。吉野がインタビューで語った、「イチからやり直す」という姿勢が充分感じとれるセットリストだった。

 30分の演奏時間が終わり、吉野は「おしまい」と言って笑顔を見せる。大きな拍手を浴びながら、3人はステージを後にした。

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 全国ツアー最終日から91日目。新生イースタンユースの初ライヴは、「お披露目」のようなものでも、ましてや「試運転」でもなかった。一度は解散を考えた吉野が、歩みを止めることなく打ち出した、渾身の「最善手」。1回1回、「生きるために」魂を削るような演奏を重ねてきたイースタンユースが「またもう1回」と一歩を踏み出す姿、そのものだった。

 同日、二宮はツイッターで「敬愛する村岡ゆかさんが入った、街の底改めeastern youth、絶対に凄いことになるぞ!」と期待を込めたエールを送った。吉野も翌日、村岡について「彼女は以前から我々の古い友人にして熱心なファンでしたが、当然ながら、ファンだからお願いしたのではありません。彼女は天才の国からやってきたすんごいミュージシャンなのです」と紹介するツイートをした。

 それを読んで、なんだかレッド・ホット・チリ・ペッパーズみたいでワクワクするな、と思った。初代ギタリストのヒレル・スロヴァク亡き後レッチリに加入したのは、大のレッチリ・フリークだった若き天才、ジョン・フルシアンテ。ジョンが、レッチリの数々の代表作を残す活躍をしたことは、広く知られている。もちろん比べるつもりなどないが、村岡がイースタンユースの熱烈なファンであったことは、今後絶対に強みになる。彼女が吉野から「天才」と呼ばれるミュージシャンであることも。村岡の作品は、ネットでは高円寺のCDショップ円盤と、ディスクユニオンから入手できる。聴きながら彼女の才能に触れ、次なる展開を待ちたい。

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街の底 / 沸点36℃ / 細やかな願い / いずこへ / たとえば僕が死んだら

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