ウォリス・バード (Wallis Bird) -『ホーム(Home)』

吉祥寺を震撼させたアイリッシュ・シンガーによる、愛の叫び
CDレヴュー『ホーム』 2016.09.30.

 2015年5月、初の来日公演を行ったアイルランド出身のシンガーソングライター、ウォリス・バードが、この冬1年半ぶりに日本に戻ってくる。国内での知名度はゼロに等しかったが、主催者の尽力で一夜限りの公演が敢行されたのが2015年5月。集まったメディア関係者、ミュージシャン、そしてオーディエンスを、彼女はギター一本とその歌声で唸らせた。この成果が2回目の来日公演につながる。今回は東京2公演、京都1公演とボリューム増。「彼女はいける!」という、プロモーターの強気の判断がうかがえるところだ。

 2度目の来日公演に先駆け、5枚目のオリジナル・アルバム『ホーム(Home)』が9月30日、本国ヨーロッパと同じタイミングで発売された。新譜から気になった楽曲の紹介をするとともに、2009年のSXSWから彼女の動向を追い続けている筆者なりの目線で、現在のウォリス・バードの魅力を紹介していこうと思う。

 なお、本稿の執筆については、当初音資料のみを元に進めていた。しかし、CDを購入し、各曲の英語詞、日本語訳、ライナーノートに触れたことで一部解釈を質し、改めてまとめ直している。

- – - – - – -

 昨年行ったインタビューの中で、今後の活動について「今は自分がホームだと思えるこの街(ベルリン)で、じっくりとアルバム作りに取り組みたいの」と話していた。言葉のニュアンスから、歌とギターに軸を据えた、初期作のような歌心に溢れた作品になると予想していたのだが、筆者のノスタルジックな願望とは裏腹に、本作は実験色の強かった前作『アーキテクト(Architect)』の延長線上にあると感じた。

 〜延長線上〜と感じたのは、アルバムを通して試行錯誤の跡と実験的要素が強く嗅ぎとれたからだ。サウンドの変化の大きな要因には、10年来彼女のレコーディングやライブでリズムを支えてきたベース、ドラムのメンバーが脱退したことが挙げられる。これに伴い、コルネット、バイオリン、チェロなどを演奏するメンバーが新たに参加し、ウォリスを含めて8人編成のバンドとなった。結果的に強く脈打つようなかつての躍動感は影をひそめ、とらえどころのない浮遊感が漂う楽曲が増えた印象がある。

 冒頭の曲題は「チェンジ(Change)」。明るくパワフルな彼女のパブリック・イメージとは異なり、ピアノを伴奏に、叫びにも近いウォリスの歌声が物悲しい雰囲気で響く。歌詞への言及は後半の楽曲と合わせて行うので、ここでは割愛させてもらう。

 対して2曲目の「オー・ディー・オー・エム(Odom)」は、恋人への溢れる想いがそのまま歌詞になっている。歌唱には彼女らしい力強さ溢れ、レコーディングメンバーの手拍子がリズムをとる。女性コーラスと男衆の「イエー!」という合いの手、ウォリスの漏れ出たような笑い声もそのまま収録され、活気に満ちたレコーディング風景が脳裏に浮かぶ仕上がりだ。続く「コントロール(Control)」も恋人へのメッセージ色が強い曲。「あなたを思い通りにしたいわけじゃないの」という歌い出しで、葛藤や不安が書き連ねられている。

 表題曲である「ホーム」は、折り返し地点である6曲目に。昨年の来日公演ではアカペラで歌われ、沸きに沸いていた場内が一変し、会場中に静けさが立ち込めた。事前のMCでは、公演直前にアイルランドでの同性婚が国民投票で認められた旨について長く時間をとった。ウォリスはレズビアンだが、生まれ育ったのは同性愛に批判的なカトリックを信仰する家庭。母国への愛と、自身のパーソナリティーの間に生じる苦悩からようやく解放されたのだ。「こうなるのを、ずっと待っていた」と始まる1曲目の「チェンジ」では、こうした母国の変化と、それによって自分自身にも今後起きていく変化を歌っている。

 話を「ホーム」に戻す。「落ち着いて、結婚できればそれでよかった」という歌い出しには、同性婚が認められる前のアイルランドを出て、同性愛者に寛容なベルリンに移り住んだ当時の心境が描かれている。その後の「今日、私は切符を手に入れた」の「今日」は、先述した国民投票の結果が出た日を指すのだろう。そして、その後は恋人との生活の回想、未来への妄想が続く。母国アイルランド、現在の居住地であるベルリン、そして心の支えとなっている恋人。ウォリスが心の拠り所とするこの3つへの想いを、「ホーム」というタイトルに込めたのではないかと感じた。

 7曲目は恋人へのストレートな愛をそのままタイトルにした「ラブ(Love)」。タンバリンとギターでリズムが取られ、バイオリンの音色に乗せられた大合唱が美しく、開放感が満ち溢れている。”開放感”と記したのは歌詞に目を通す前の直感だったが、「ホーム」の後だからこそ、この歌とメロディーを続けたかったのではないか。無論、どの曲のポジションもアルバムを構成する上で当然意図があるはずだが、この2曲については特にそう感じた。

 そして本作を締めるのが11曲目、「シーズンズ(Seasons)」。厳かなピアノの響きをバックに、ホーンやストリングス、そしてウォリスの声が重なっていく。最後はストリングスによる一音がゆっくりと消えていき、本作の幕が閉じる。呼吸を止めて聴き入っていたわけではないが、音がなくなった瞬間に「ふぅっ…」とため息が漏れ出た。

 大きなメンバーチェンジを経て生まれた今作は、サウンド的に新たなキャリアの第一歩といえる。同時に、母国の前向きな変化によって心の平穏を得て、自身の中で小さくなかったであろう葛藤から解き放たれたことは、精神的にも次なる一歩を踏み出せたきっかけになったはずだ。アーティスト、ウォリス・バードの第2章がここから始まっていく。

- – - – - – -

 『ホーム』の日本盤にはボーナス・トラックとして、昨年発売されたライブベスト盤『イエー!ウォリス・バード・ライブ(YEAH! Wallis Bird Live)2007-2014』より、「ザ・サークル(The Circle)」「トゥ・マイ・ボーンズ(To My Bones)」の2曲が収録されている。初期アルバムからの選曲で、ライブにおける爆発力が凝縮された内容だ。日本公演を検討している人は、ぜひこの2曲にも注目してもらいたい。

 また、今作を通して初めてウォリス・バードの音楽に触れるという人は、昨年発売された日本オリジナルのベスト盤、『バード・ソングス(Bird Songs)』も手に取ってもらいたい。前作『アーキテクト』までの4作品から選曲されており、入門編としてはうってつけの1枚だ。

 そして、個人的には何よりライブに足を運んでもらいたい。初めてライブを目にした2009年SXSWでのバンドセット、2012年のスイス公演、2015年の初来日公演でのソロパフォーマンスと、いつ見ても彼女のパフォーマンスには心奪われ、涙してしまう。来日公演で初めてウォリスを見た中川五郎氏のブログから言葉を借りると、「度肝を抜かれる」のだ。2回目となる来日公演の詳細は以下の通り。より多くのファンと共に彼女を迎えることができればと思っている。

<ウォリス・バード 来日公演>
12月8日(木)@ 京都 磔磔
12月10・11日(土・日)@ 吉祥寺 スターパインズカフェ
詳細:ウォリス・バード日本公式サイト

Share on Facebook

Information

Text:
Takehiro Funabashi
funabashi@smashingmag.com

Takehiro Funabashi's Works

Write a comment