スマッシング・マグは完全脱皮のリニューアルでLIM Pressと姿を変えました

誕生から20年を期して、スマッシング・マグは完全脱皮でリニューアルです
編集部より「スマッシング・マグは完全脱皮のリニューアルでLIM Pressと姿を変えました」 2018.06.01

 インターネットがまだまだ限られた好き者の間でしか認識されていなかった90年代半ば、プロモーター、スマッシュと様々なイヴェントを企画してきたフリーの音楽フォト・ジャーナリスト、花房浩一の提案とプロデュースで生まれたのが、日本のプロモーターとしては初となったスマッシュの公式サイトでした。そして、『ただ宣伝するだけでは意味がない』と、コンテンツのひとつとしてスマッシング・マグが生まれています。

Glastonbury Festival 1998 世界中を飛び回って取材を続けていた花房が中心となり、様々なレポートを提供するのが初期段階でした。音楽雑誌ではほぼ不可能だった無名の新人やイヴェントのレポートに加え、スマッシュが招聘したアーティストのライヴを中心にレヴューを掲載。おそらく、国内のウェッブ・サイトでは初めてだったでしょう、今では知らない音楽ファンはいないだろうと思える世界最大級のグラストンバリー・フェスティヴァル97年のレポがこの時登場しています。また、同じ年に始まったフジロック・フェスティヴァルが苗場に会場を移した01年に姿を見せた、ロッキーホラー・ショーを想起させるサーカス・オヴ・ホラーズから東京でも大きなフェスティヴァルを生んだロンドンのトリビュート・シーンを初めて日本に紹介したのもこの頃です。

 その翌年、スマッシング・マグはスマッシュを離れて独立。彼らの協力の下、花房が編集発行人として『投稿』をベースに構成する第二期に入ります。若手ライターや写真家に門戸を開放。国内外を問わず、なによりも『自由』を基調に、伝えるべきものをストレートに伝えるという原則に立ち、様々なプロモーターに協力を仰ぎながら、カバーする世界を広げていきました。同時に、経済的にも独立。アフィリエイトの利用や広告などで経費をカバーし、取材経費も自腹とすることで、ジャーナリズムとは無縁の宣伝だらけのメディアとなることを拒絶。掲載写真から原稿までチェックされるのが当たり前とされる、特に音楽業界では異端であったのかもしれません。

バグダッドに飛んだ布施祐仁からの寄稿

 しかも、音楽に縛られることもありませんでした。占領下のバグダッド・レポートからロンドンで開催された大規模な反戦集会までが登場しています。加えて、投稿をきっかけに主要ライターや写真家として活動を始めたスタッフが、独自の視点で取材活動拡大。大手メディアでは取り上げられることのなかった無名のアーティストも次々とサイトに登場します。微力ではありながらも、スマッシング・マグをきっかけにその存在が知れ渡るようになったバンドやアーティストも少なくはありませんでした。

 編集長の花房が97年にフジロックフェスティヴァルの公式サイトをプロデュースし、第一回目からオンタイムで会場からのレポを届けるフジロック・エキスプレスを始動させています。その流れもあり、当初わずか3名で動き出したここに、やはり公式サイトから派生して独立したfujirockers.orgとスマッシング・マグのスタッフが加わっていくことになります。ライヴ写真を撮影して速攻でアップし、ライターも同じようにレポートを加えていくスタイルは、後に大規模イヴェントの定番となっていきますが、そのエキスパートが当方のスタッフでした。この活動はフジロックにとどまらず、ある時期はライジング・サン・ロック・フェスティヴァルから朝霧ジャムなどに拡大。2年連続で開催されたハイドパーク・ミュージック・フェスティヴァルでも機動力を発揮し、テキサスはオースティンで開催されているサウス・バイ・サウスウェストでも同じ方法でレポにトライしたこともあります。また、主要スタッフはサマーソニック他、内外のフェスティヴァルやイヴェントで活躍するようになっています。

Hydepark Music Festival 2005

 2010年6月に二回目のサイト・リニューアルを迎え、入力方法や更新方法を簡素化。各ライターや写真家の作業の効率化を経て、成長を続けてきたと思います。当サイトの『コンテンツに責任を持つ』という意味に於いて、編集長である花房が、その核に存在しますが、基本的にはフリーで活動するライター、ジャーナリスト、あるいは写真家が、独立した作品や取材結果を、独自に、あるいは、相互協力の下で発表するというギルド的な性格を持つメディアとして存在したのが約7年間の第三期スマッシング・マグでした。

 が、船出から20年をきっかけに、大胆なアプローチを持ってさらなる進化を目指そうということになりました。まずは、これまで幾度となく『独立採算の独立メディア』であるとアピールしてきたんですが、プロモーター、スマッシュの一部であるという印象がぬぐえないという状況から脱却します。当初から、現状を打破し、旧態依然たるものをたたきつぶすという英語、Smashの現在進行形として『スマッシング』という言葉を使ってきたんですが、これが逆に『縛り』となっているという現実があります。加えて、編集長の花房浩一も当初から独立したフリーの音楽ジャーナリストではありますが、フジロックとの関わりなどもあり、『スマッシュの一部』と誤解され続けてきました。ですから、そこからの脱皮を決意して、今回のリニューアルに挑むこととしました。

 まず、媒体の名前を一新して、新しいインターフェイスをもって、LIM Pressという名前へと変身します。また、これまで発行責任者で編集長として動いてきた花房は一線を退き、若手の中心となって活動を続けてきたスタッフにその全権をゆだねることになります。これまでの経験を生かして、若手ライターや写真家へのアドバイザーとして手助けをしたり、独自取材を寄稿するかもしれませんが、それは一介の音楽ジャーナリストのとしてこの媒体を使うということにとどまります。

 20年にわたってスマッシング・マグを続けてきた花房が新たな編集部に貫いて欲しいとお願いしているのは、ジャーナリズムの基本原則です。宣伝(プロモーション)の道具のようなメディアもどきにはしないこと。いかなる検閲も拒否し、コンテンツのすべてに責任を持つ独立したメディアであり続けてもらうことです。それをベースにしながらも、これまで培ってきた組織力や機動力を使って、このメディアの外で様々なプロジェクトへ進出していただければと思います。

 なお、20年の歴史を持つスマッシング・マグはこのまま残し、様々なライター、ジャーナリスト、写真家、あるいは、投稿という形で残した記録を守り続けます。また、当初はスマッシング・マグのフェイスブック・ページLIM Pressに移行しようとしたのですが、それが不可能ということがわかり、独自にリニューアル・サイト、LIM Pressのフェイスブック・ページが生まれています。あたらなレポートの案内やニュースは、そちらで発表されることになります。一方で、スマッシング・マグのフェイスブック・ページは、そのまま存続させて、花房個人による音楽や関連情報発信の場となります。

 今後とも、よろしくお願いします。

 

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Text:
Koichi "hanasan" Hanafusa
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