難波章浩 in パンカフーリック! 渋谷クラッシュ 2010 @ 渋谷オー・イースト 2010.09.04

3ピースバンドとして急速進化を遂げ、ホームグラウンドに堂々帰還
テキスト・レポート「3ピースバンドとして急速進化を遂げ、ホームグラウンドに堂々帰還」@ 渋谷オー・イースト 2010.09.04

Akihiro Namba 
 NOFX(ノーエフエックス)のフロントマン、ファット・マイクが発行する、パンク専門誌の日本語版、「パンク・ロック・コンフィデンシャル・ジャパン」主催のイベント、「PUNKAFOOLIC!(パンカフーリック)」。一年を通して様々なイベントを開催しているが、そのなかでも大規模で行われるものがこの「渋谷クラッシュ」である。会場にはTシャツにハーフパンツ、バンズのスニーカーといった、「暴れたいんです!」と言わんばかりの、わかりやすい格好をしたキッズで溢れかえっていた。5会場で行われているだけあって、会場前の道路はとにかく人、人、人・・・。さながらフェスのような雰囲気であった。そもそもパンク・バンドがこれだけ一同に会すイベントが日本にはないと言って良いほどだ。好きな人にはたまらないメンツ揃いのイベントであり、私自身もとても楽しみにしていた。難波出演前のオー・イーストでは、USの5人組、H2O(エイチ・ツー・オー)のライブが行われていた。
 
 ライブが始まってすぐにサークル・モッシュの嵐。フロアの狂気にも似た盛り上がりに、なんと中間に設置されていた柵が三つ取り外された程だ。あの光景が異様で笑ってしまった。クラウド・サーフでは人が人の上を運ばれていくが、柵が人の上を運ばれていったのだ。柔軟性のある、機転の利いた行動をすぐ取れる主催者側には感服した。フロアが倍以上広くなり、途端に渦を巻きだした。巨大なサークルモッシュが何度も何度も巻き起こる。ウォール・オブ・デスのような殴り合いも起きる。これを見ていて、今日の客層がどれだけ激しい音に飢えているかが確認できた。H2O(エイチ・ツー・オー)のステージでは、本人たちも予定していなかったアンコールも行われた。オーディエンスもまさかの展開に、満面の笑みを浮かべる人が多かった。フロアに熱気を残してライブが終了する。
 
 そして、難波章浩の登場となる。セッティングの仕方がフジロック・フェスティバルの時とは異なっていた。あの時は3人が三角形になる、3ピースの王道のセッティングであったが、今回は3人が横一列に並ぶ形をとっていた。「難波章浩」という個人名義でのバンドであるが、横の2人を単なるバックバンドと捉えることはないのだ。今回はマイクも3人分用意されていた。Akihiro Namba ドラムの佐藤ヒロシは、元Super Stupid(スーパー・ステューピッド)のドラマーであり、難波とは同じ時代を生きてきた盟友と言っていいだろう。年月を積み重ねてもそのキレが衰えることはない。 ギターのケイゴは今年の6月に初ライブをし、そのまま毎週末、全国のフェスティバルでライブを、難波の隣で行っているつわものである。SEなしで走りこんできた3人。難波もこのイベントの雰囲気に心が躍っているように見えた。「生きてたらよ、辛いことも、楽しいこともたくさんあるっていう歌なんだよ」と言って、「Jump!Jump!!Jump!!!」が始まる。この日の難波は攻撃的な姿勢に見えた。この日のイベントの雰囲気に触発されたに違いない。この日の客層こそ、彼のホームグラウンドであるはずだから、気合もいつも以上のものだったろう。熱のこもったMCを続ける。

Akihiro Namba 「輝く日々」を演奏し終えた難波は、「俺は別にただいまなんて言わないよ」と言った。そんな言葉すら不要なのだ。そして、「よっしゃこい」と言い放つ。この一言で察しのいいハイスタファンなら、次に演奏する曲を容易に想像できる。そう、ハイ・スタンダードの、「Stay Gold(ステイ・ゴールド)」だ。この日は普段加えられているアレンジが少なく、ほぼ原曲通りに演奏された。柵の取り外されたフロアでは大きく人が波を打つ。待ってましたといわんばかりに人が押し寄せる。我先にとクラウド・サーフの波が起こり、人の上で渋滞が起こっていたほどだ。二階席の人もこぶしを突き上げている人が多い。メロディアスレボリューション、リロ&スティッチのコンピレーションアルバムに収録された、「Hawaiian Roller Coaster Ride(ハワイアン・ローラー・コースター・ライド)」と、立て続けにフロアを躍らせる。「Waiting For You(ウェイティング・フォー・ユー)」では、「君たちを待ってたんだよ」と言った。むしろ私たちが、難波がこのステージに戻ることを待っていたのに、だ。曲の終盤、”Waiting For You”と叫ぶ難波の姿に心が震えた。間違いなく難波の声の良さが遺憾なく発揮される曲であった。
 
 ライブ終了後、難波が一人で再びステージに現れ、ハイ・スタンダードの、「Brand New Sunset(ブランド・ニュー・サンセット)」を披露した。「帰る場所がないって曲なんだけど、ここが帰る場所だと思ったわ」と、この日のライブの感謝を表す。私がこの会場で、この曲を聴くのは2回目になる。1年ほど前のことだ。コークヘッド・ヒップスターズの企画で、アコギ1本を手に持ち、ステージ上に現れた難波の姿と重なる。あの時、披露された曲がごくわずかで「もっと聴きたい!」と思わされたのを良く覚えている。私たちがずっと思い、願っていても、彼がこの場に戻ってくるのに長い時間がかかった。けれども今、新しいバンドメンバーと共に難波がライブハウスに帰ってきてくれた。もしかしたら叶わない夢かもしれない、と思っていたことが現実になって目の前に繰り広げられている。素直に嬉しい気持ちでいっぱいになった。
 
 難波章浩は進化することを止めない。彼が今表現している音はハイ・スタンダードの音でもなく、ウルトラ・ブレインの音でもない。しかし、難波は今まで培ってきたものを全て新しい音楽の中に昇華している。一度、シーンの頂点まで上り詰めた男が、今でも挑戦することを止めない。すごいことだと思う。凡人の私だったら、成し遂げたことがあればその時点で満足してそこで止まってしまうはずだ。常に目線は前へ、前へと向いている。だから難波への興味が止むことはない。ライブを見るたびにどんどん進化していくからだ。
Akihiro Namba 
 この夏、私は難波章浩を追いかけてきた。フジロック・フェスティバル、ラッシュボール、そしてこの、PUNKAFOOLIC!(パンカフーリック)渋谷クラッシュ。確実に、この3ピース・バンドとしてのスキルは向上している。毎週末各地のフェスに参加して、バンドとしての結束が一段と高まったのだろう。サウンドはフジロックに比べて確実に強靭なものになっていた。ラッシュボールの時にそれを感じたのだが、今回のライブの一音目を聴いて、それが確証に変わった。難波自身もライブの感覚を取り戻しつつあるはずだ。フジロックでのステージに比べ、歌声は一層のびやかなものになり、ステージングにも余裕が感じられた。これで難波章浩が日本中ツアーして回ったらどんなバンドに変貌を遂げるのか、想像しただけでわくわくする。これからの難波の活動、そして進化には目が離せない。これからも追い続けたいと思う。

 最後に、今の10代後半から20代前半の人で、ハイ・スタンダードを知っている人は意外に少ないのをご存知だろうか? それよりひとつ上の世代の人たちにとって、ハイ・スタンダードといえば青春のいちページであるだろうが、今の若者と呼ばれる世代では、そうではないのが現状である。エアジャム2000が開催された年にまだ小学生、もしくは中学生だった人たちが、今の10代後半から20代前半を占める。だから難波章浩の存在を認識している若者もまだ少ないだろう。私が見てきた3回のライブは、いわゆる“エアジャム世代”の人々が、多く集まっているように感じたから余計にそう思う。今のシーン、人に聴かせる声の持ち主はそう多くはいない。だから若い人たちにこそ、難波章浩のライブを一度は見て欲しいと切に願う。そして、難波の力で再びシーンに風穴を開けて欲しい。

Text by Itsumi Okayasu

Akihiro Namba 

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